偽物語(上)をダシに将棋の捉えかたを整理する

偽物語(上) (講談社BOX)

偽物語(上) (講談社BOX)

大人気『化物語』シリーズ、待望の最新作! 阿良々木暦の青春は、常に怪異と共にある!?前作からの主要キャラに、今度は暦の二人の妹<ファイヤーシスターズ>が加わって大暴れ!シリーズ待望の最新作!

本作に登場する敵キャラが語る将棋の捉えかたを引用。まあ、読め。

p307
「あれは単純な遊戯だ。本来的に底が浅い」
と構わずに話を続けた。
「駒の数が決まっている。駒の動かし方も定められている。盤面も画されている。何もかもが有限だ。つまり可能性が最初から限りなく閉じているのだ――これでは複雑になりようがなく、よってゲームとしては低レベルだ。だが、にもかかわらず、一流の棋士は、誰も彼もが天才だ。凡才であろうと極められるゲームを、天才以外は極めていない。どうしてかわかるか」
「……わかんねえよ。何でだよ」
「将棋は速度を競うゲームだからだ。棋士同士の対局では必ず脇に時計が置いてあるだろう。そういうことだ、制限時間のあるゲームだからこそ、ルールが単純なほど盛り上がる。如何に思考時間を短くするか――詰まるところ、頭の良さとはスピードだ。どんな名人の手順であろうと、時間をかければ誰でも同じことができる……だから時間をかけないことなのだ」

さて。物語の一エピソードなのでブレのある文章ではありますが、しかし将棋の本質をことごとく外しているのはいただけない。言葉遊びのエキスパートが書いたものだからまじめに論ずるのは気恥ずかしいんだけど、ちょうど将棋に対する認識の整理に利用できそうなので、ちょっと書いてみよう。


可能性は閉じている?
可能性をどのように捉えるかってことに尽きるんだけれど、有限個の組み合わせは確かに有限に制限されている。だけど組み合わさった数を人間がすべて認識できるかどうかは別の話。世の中に刷られたお札は有限枚だろうけれど、その総額を認識できるかというとそれは無理でしょう。認識できる数を超えてしまえば、全体の把握は出来ない。曖昧模糊とした空間が広がっているんだな。

将棋の指し手も同様に、駒の数が決まっていようが組み合わせの数が人間には把握できないほどあるが故に、指し手の可能性がある。人間が最善だろうと指し手を開拓してきたわけだけれど、いまだに新手が出続ける。プロ将棋に完全に同じ棋譜は存在しないのは、可能性があるためだ。


複雑なゲームです
将棋や囲碁のような指し手の組み合わせが膨大なゲームを勝ち抜くのはどうすればいいかというと、その組み合わせ手数の全体像が見えない故に、上手に勝ちに結びつくであろうルールを発見していくしかない。ある手順の組み合わせがどうやら勝利に近づけるらしい、ということがわかるとする。その手順を別の局面で使ってみるとどうなるか、という試行錯誤が始まる。やがて、定跡が生まれる。棋風が誕生する。定跡とは歴史的にブラッシュアップされた最善手順のこと、棋風とは指し手の経験則から生まれた手の指針のこと。

このような勝負に勝つための俺ルールを発見する喜び楽しみはゲームが複雑じゃないと無理でしょう。


一流の棋士は天才ではないし極めてもいない
将棋指しを形容するのに「天才」という言葉が安易に使われたりするんだが誤りだ。素人からみたらプロ棋士は天才に見えるのだろうけれどプロ棋士の集団にも濃淡がある。本当に天才だ、という棋士は一握りいるかいないか。基本、一流の人は努力家です。極めていないが故に努力をしています。そんなもんです。だけどね、その努力を続けられる力こそが、才能なのかもしれませんね、というよくあるオチになっちゃいましたけど、そういうものです。それでも年を経ると力が落ちるんだからね…。例外もいるけど(例:大山康晴


将棋は速度を争わない。相対的な正しさを競う
どうも西尾維新のキャラは、天才=頭の回転速い=時間制限のあるゲームだと有利、だと思っているらしいが、全面的に誤っている。読んだ局面を正しく評価できるかどうかが問題だ。それも相手があってのことである。相手が悪手を指してきてもこちらが咎めることができなければ結果的に好手になりえる。いくら早く読めてもこれじゃあ意味がない。ゆっくりでも最善の手さえ読めれば十分です。逆にいえば最善がわからないからあれこれ考えるのです。いくら手が読めても局面が評価できなければ意味がありません。もっとも頭の回転が速い=たくさん手が読めてしかも局面まで正確に判断できる、という意味で使っているのならごめん。でもそんなのは人間じゃないね。


名人の手順は名人でなければならない
誰にでも時間をかければ名人の手がさせるわけではありません。そこには「局面を発見する能力」が必要です。これはねえ、機械的にいくらどんなに局面を読むことができても、ピン、とこなければ永遠に到達できません。だれも羽生と同じような手をさせるわけではないのです。どんなに時間をかけても無理なんです。これこそが将棋の醍醐味なんですよね。

というわけで、まーとりとめもないまま記事を終わりますが。


勝又教授の最新戦法講義は読んどけ
参考までに羽生の凄さを体験して下さい。将棋世界に連載されている勝又教授の最新戦法講義「羽生編」2008年9月、10月号。これだは是非抑えて欲しい。正直、有段者じゃないと理解不能だと思うのですが、指し手についてキャッチコピーをつけて解説してくれているのでお勧めです。羽生がどうしてこんなに強いのかという秘密を垣間見れます。そして勝又教授の咀嚼力に感嘆し感謝しましょう。

この時代の将棋に触れられてホント幸せです。

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