タイトル負けしてる /「現代将棋の思想 ~一手損角換わり編~」

帯表に書かれてる「現代将棋をめぐる知の冒険」とか、ちょっと調子に乗りすぎだね、これは。

「本書は一手損角換わりがどのようなことを目指しているのかということを、近年の将棋界における研究の変転から見ていきたいと思う」(まえがきより)

本書は大学院の哲学科在籍という異色の経歴を持つ糸谷哲郎六段が書き下ろした将棋戦術書であり、真の将棋理論書。現代将棋の最先端「一手損角換わり戦法」を題材に、最新の戦法に底流する思想を根元から捉えることを目論む、全く新しいタイプの将棋書籍といえます。

これまでの将棋書籍を読む感覚で本書を手に取った方は、まず間違いなく度肝を抜かれることでしょう。一手損角換わりをテーマにするといっておきながら、第一章で語られるのは矢倉、ゴキゲン中飛車横歩取り8五飛、角交換振り飛車なのです。
つまり、ここで語られることは現代将棋における後手番戦法の比較検討であり、一手損角換わりの特徴(置かれている状況と目指している方向)を示すものなのです。一手損角換わりの手順は第二章~第六章までで本格的に語られ、最終的には最新形の攻防を解説します。

本書を読まれた方は一手損角換わり戦法について理解するだけでなく、この戦法を鏡として、現代将棋がどのような思想の元に構築されているか、その全体像を捉えることができるはずです。

糸谷六段が編んだ現代将棋の地図。
ぜひ手にとって、読んでみてください。

いやまあ「思想」って言葉は意味が広くて、あるまとまった考えのこと、であるから本書もその範疇であろうと思う。が、手にとった読者がタイトルを見て抱く印象と、本書の構成や思考の密度は合致しないでしょう。一手損角換わり編と断りがあるものの、主題は現代将棋の思想なはずなのに、結局のところ、一手損角換わりの変化を工夫もなく解説した一般棋書と変わらない仕上がりになっているところが問題だと思う。

章立ては以下のようになっています。

  1. 後手の戦法の比較検討
  2. 一手損角換わりの発展
  3. 一手損角換わり△3二金の衰退
  4. 一手損角換わりの工夫△8四歩不突
  5. 一手損角換わりの工夫△8八角成型・前
  6. 一手損角換わりの工夫△8八角成型・後

第1章が肝、というか一番私は期待していたのですけれど、30頁弱しかないですし内容も、最近の戦型の紹介に終始しています。そこで時折、現代将棋に関する彼なりの考察が顔を出すのですけれど、主張として読み取れるのは3点ほど。


曰く、先後同型は衰退する、何故なら《先攻できる先手がほとんどの場合得なのであり、そのまま勝ち切ってしまうことが多いために同型は衰退したと言えるだろう》。

曰く、《棋理というよりはむしろ実利によって、現代の棋士は堅さを好むようになっていると言える。少々形勢が非勢であろうとも、玉の囲いが堅い方を持ちたいという感覚すら生まれていると言ってよいだろう》。

曰く、《基本的に一手損角換わりは先手の手詰まりを目指した戦法である》。


1、2番目についてはすでに勝又教授が指摘しておりますし、すでにある程度将棋を指す人なら了解にしていることであって目新しいこともない。3番目がオリジナルなのかな、と思うけれど、すでに右玉というものがある。本書でも軽く触れられているが、一手損角換わりをダシに「思想」と構えるのならせめて右玉との比較や違いなどを書いて欲しかったと思う。

あとは普通の棋書と同じで、一手損角換わりの解説に終始するので感想は割愛するけれども、なんというかこう煮え切らないというか、糸谷が哲学を学んでいるがゆえに小難しい文体を装わせて風変わりな棋書を編集側では狙ったのだろうけれど、中途半端過ぎる。糸谷を使いこなせていないのではないか。

以前「将棋世界」で対振り飛車右玉の連載を書いていたときは、ポイントを絞っていたせいか読みやすいし分かりやすいし良かったと思うんだよな。

彼は非常に丁寧に年下、観戦記者に自分の棋譜の解説をしてくれるそうだから、そういうインタビュー形式にするとか工夫があってもよかったかなと。この間出た永瀬拓矢のようなのが良いかもしれない。

なんか勿体無いな、というのが結局の感想です。









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棋士紹介:日本将棋連盟
糸谷哲郎 - Wikipedia
糸谷哲郎五段 応援サイト 糸谷哲学 〜直感は経験の集積から成る分析〜 TOPページ
若島正氏の糸谷哲郎五段考 - Togetter


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